« 『FUN RiDE』 10月号 | トップページ | 「北見市ぐる~と1周120km」に参戦 »

2014年8月29日 (金)

関寛齋について

今回はあまり自転車とは関係ない話題です。

先日、ロングライドで陸別町を訪れた際、陸別道の駅に「関寛齋資料館」が隣接していることを知りました。

何気なくパンフレットだけもらってきたのですが、それがこちら。

Img01573

今まで全然知らない方だったのですが、目に留まったのは、「70歳になってから北海道開拓を志し、72歳で陸別町に入植」との文章でした。

だだでさえ厳しい自然の北海道。それも未開の土地を切り拓くのには、あまりにも高齢。

そんな人がいたんだという驚きでした。

帰ってきたから、いろいろと調べてみると、かなり有名な方でした。

生まれは千葉県。幕末に、長崎で蘭学を学び(その当時の先端医療)、戊申役では官軍側の病院長として活躍。その後、徳島で開業し、多くの人を救いました。

高い地位を得て財もなしていたのですが、先に述べたように、70歳を過ぎて北海道の開拓に心血を注ぎます。

トルストイの思想に共鳴し、理想的農村建設を目指したのですが、その夢はかなわず82歳で服毒自殺し、その一生を閉じます。

う~ん、波乱の人生ですね~。

かの徳富蘆花とも親交があり、寛齋亡き後、蘆花は陸別町を訪れ、寛齋をしのんだ文章を書いています。

司馬遼太郎の『胡蝶の夢』にも、主要人物の三人のうちの一人として描かれています。

また、高田郁が書いた『あい』は、寛齋を支えた妻の視点から書かれた小説だそうです。

どちらの小説も読んだことないので、今度読んでみようと思っています。

たまたま訪れた陸別町ですが、このように身近に偉大な人がいたということがわかりました。

司馬遼太郎や高田郁の小説を読んだら、また陸別町を訪ねて今度は資料館も見学したいと思います。

Img01574


こちらは、パンフレットの中味です。

↓よかったらポチッとしてください。

にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

« 『FUN RiDE』 10月号 | トップページ | 「北見市ぐる~と1周120km」に参戦 »

その他」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/587287/60228391

この記事へのトラックバック一覧です: 関寛齋について:

« 『FUN RiDE』 10月号 | トップページ | 「北見市ぐる~と1周120km」に参戦 »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

日本ブログ村

無料ブログはココログ